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日本登山史上、最強の登山者は誰だっ!!

1 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:08:43
クライマーだけでなくハイカーもおk
それでもやっぱり山野井泰史氏

関連スレ 日本登山史上、最強のクライマーは誰だっ!!
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/out/1105798813/l50

2 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:10:29
>>1
早速胴衣。山野井は最高のハイカーだな。

3 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:13:48
シェルパ斉藤

4 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:17:10
>>3
浮浪者はダメ。

5 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:19:01
残念!

6 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:21:53
おれじしん

7 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:24:48
>>6
キタコレ












で、このスレ終了。

8 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 11:49:30
加藤文太郎

9 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 13:09:56
2ちゃんの脳内山屋。
絶対遭難しない。

10 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 14:15:01
北鎌尾根の虎

11 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 14:44:16
妙義の俺

12 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 14:57:06
山行記録を残した人で言えば、やっぱブンちゃんでしょうね。
残してない人でも強者は沢山いるとは思うけどね。

13 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 14:58:40
無謀の人 加藤文太郎だろうな。
あれだけ持久力があった登山家はそうはいないだろう。

14 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 20:22:46
本命、細貝栄
対抗、藤原雅一

15 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 21:32:04
無謀の人ワロス

16 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 21:44:02
823 名前:北鎌尾根の虎 ◆sql4ixn4VA 本日のレス 投稿日:2006/06/11(日) 20:32:59
栄光の岸壁にむしゃぶりついた。
巻くことなどはなから考えていなかった。
天上沢に怯えを捨てた。千丈沢に甘えを捨てた。
そのとき俺は虎だった。獲物に向かって
遮二無二突き進む一匹の猛虎だった。

17 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 21:47:33
>>16
かっちょいい!

18 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 22:31:06
北鎌に「岩壁」なんてないんじゃねw

19 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 22:51:12
コマンド増田

20 :底名無し沼さん:2006/06/11(日) 22:58:41
おまえら、情熱大陸見ろよ〜

21 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 00:03:50
で、山野井だと言いたいんだな?

22 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 00:09:20
ニュー速に山野井のスレ立ったけど
8レスしかついてなかったよwww

23 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 00:48:26
これ↓だね。支援に行くべ。

奇跡のクライマー山野井泰史
http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1150034898/

24 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 00:49:48
山下清

25 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 00:56:44
だって山野井氏に「登山者」という形容は似合わないだろ。

26 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 01:01:01
「ちょー登山者」じゃだめ?

27 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 01:06:46
回峰修行僧

28 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 01:25:18
故・山田昇さん
名前からして登山の申し子って感じじゃないか。

29 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 02:10:34
情熱大陸みて初めて山野井さんを知ったよ。一瞬で心が…つうか魂が引かれたね!!!
この人ほんとにすごいな。生き様がかっこいい!!
魂が震えた!!

30 :底名無し沼さん:2006/06/12(月) 23:24:52
江戸時代の隠密

幕府隠密 遠浜吟之介則靖 

総勢240名の機動連隊を率いて、一揆や謀反を未然に防いだ。 
有名なものに、3月の陸奥平定の戦役がある。
 

31 :底名無し沼さん:2006/06/13(火) 01:28:48
>>1
確信はないが、多分俺だと思う。

32 :底名無し沼さん:2006/06/13(火) 23:18:33
>>31
俺の方が強いよ。

33 :底名無し沼さん:2006/06/14(水) 17:30:09
>>14
渋い人知ってるな、細貝栄。
国内での実績は、山野井の高所登攀並に凄いと思う。
昼飯で丼飯7杯も食べるくせに、山に入るとα米を雪に混ぜて食べてしまう。
そんなんで厳冬期日高全山単独縦走や知床縦走してしまう。凄い人でした。
藤原雅一は、、まぁ普通。

34 :底名無し沼さん:2006/06/15(木) 17:12:47
>>14
おとなと子供くらい違う。藤原雅一は普通の人が行けるレベル。
細貝栄は凄いと思うぞ。

35 :底名無し沼さん:2006/06/15(木) 21:38:35
>>33,34
ヲイヲイ、、、
普通、普通って、
普通の人にはボンボン噴煙上げてる桜島や普賢岳ドームには登れないと思うぞ。
冬の剣にも10回以上登ってるらしいし。

36 :底名無し沼さん:2006/06/15(木) 23:43:53
>>35
そりゃハイカーは行けない罠。13a一本だし。

37 :底名無し沼さん:2006/06/16(金) 09:29:59
金吾
高校の時の数学の教師だったがいつのまにか
なんでも死ぬほどひつこく富士山に登る老人として知られていた
そういえば学校のチャペルで岩登りの練習をしたとかしないとか・・・
確かにドーム型でそそるがあれは山ぢゃなくてノアの箱船がモチーフ
なんだけど

38 :底名無し沼さん:2006/06/16(金) 12:47:46
>そりゃハイカーは行けない罠。
フ〜ム
ちなみにオマエは登れるのか?
しかも13aなんて関係ねえし(w

39 :底名無し沼さん:2006/06/16(金) 19:35:25
>>38
ハイカーが登れないところを登っても自慢にならない。
冬の剣て随分大ざぅぱだね。ルートとか何月のが重要です。


40 :底名無し沼さん:2006/06/16(金) 21:40:43
>>39
ずいぶん動揺してるみたいだが
どこかで藤原雅一氏にイヂメラレでもしたのか

41 :底名無し沼さん:2006/06/16(金) 23:32:24
山野井氏に一票
尊敬してます。

42 :底名無し沼さん:2006/06/18(日) 18:15:12
>>40
ガイチに世話になったの?

43 :底名無し沼さん :2006/06/19(月) 08:52:38
添加無敵のnash大先生。
今日も絶好調です。
http://snowsense.blog9.fc2.com/blog-date-200505.html

44 :底名無し沼さん:2006/06/19(月) 09:34:04
潜在する危険を察知できないが、運のいい馬鹿登山家は死なず。
運のない同行者は死ぬと言うことさ。

45 :底名無し沼さん:2006/06/19(月) 09:34:48
>>40
ガイチにはいつも助けられています。

46 :底名無し沼さん:2006/06/20(火) 20:15:33
>>45
いつもガイチに助けられてるとは
おぬし、並の山屋じゃねえなw

47 :底名無し沼さん:2006/06/20(火) 20:19:22
長谷川恒男に決まってる

48 :底名無し沼さん:2006/06/20(火) 20:20:25
三沢さんが最強に決まってんだろ

49 :底名無し沼さん:2006/06/20(火) 23:44:47
しょせん登山者はクライマーの足元にも及ばないってことか

50 :底名無し沼さん:2006/06/21(水) 09:27:16
最強なら、役の小角だろ

51 :底名無し沼さん:2006/06/21(水) 12:30:53
ハイカー最強伝説

52 :底名無し沼さん:2006/06/21(水) 19:36:57
>>50
軽くエスパー入ってるしな

53 :底名無し沼さん:2006/06/21(水) 21:22:58
秩父宮雍仁親王

宮さまなのにあの時代の日本アルプスを…ようやるわ

54 :底名無し沼さん:2006/06/21(水) 21:35:05
森田勝
孤狼死す

55 :底名無し沼さん:2006/06/21(水) 21:56:01
コマンド増田

56 :底名無し沼さん:2006/06/22(木) 19:24:00
松尾芭蕉だヨ。

57 :底名無し沼さん:2006/06/22(木) 22:17:22
>>56
最強のハイカーとしてなら認めるw

58 :松尾芭蕉:2006/06/22(木) 22:22:32
ハイカーって、なんか語彙が良くないっぽいから
トレッカーにしてくんない?

59 :底名無し沼さん:2006/06/22(木) 22:25:31
バックパッカーじゃね?

60 :松尾芭蕉:2006/06/22(木) 22:30:44
いや、行く先々で、ちゃんと宿にお世話になったから

61 :底名無し沼さん:2006/06/22(木) 22:32:50
じゃ、江戸時代版 田舎にとまろう

62 :底名無し沼さん:2006/06/22(木) 22:35:52
最強のハイカイ老人w

63 :間宮林蔵:2006/06/22(木) 22:41:43
トレッキングっつうなら、
ワシを忘れてもらっては困るな。
フォッ!フォッ!フォッ!

64 :底名無し沼さん:2006/06/23(金) 01:04:57
どうでもいいけど、なにげにオレ最強!

65 :底名無し沼さん:2006/06/23(金) 02:54:06
まさひろ&スレ立て1

66 :底名無し沼さん:2006/06/23(金) 21:22:34
ヒマラヤトレッカーの草分け 川口慧海

67 :底名無し沼さん:2006/06/23(金) 21:39:03
役 小角(役行者)

68 :底名無し沼さん:2006/06/26(月) 09:48:16
最強トレッカー、伊能忠敬

69 :底名無し沼さん:2006/07/08(土) 19:42:22
山田 昇  (故)
 ・ダウラギリI峰登頂
 ・ローツェ秋期登頂
 ・エベレスト冬期登頂
 ・K2無酸素登頂・マナスル無酸素登頂
 ・アンナプルナ南壁登頂など(8000m峰9座12回登頂)
 ・1989年2月マッキンリーにて行方不明
寸評・おそらくヒマラヤピークハンターとしては日本人最強。
しかしクライマーとしての彼の資質については評価し辛い面がある。
一連のピークハントには登攀要素が少なく、ほとんどが歩いて登れる山ばかり。
唯一例外はアンナプルナ南壁だが、既成ルートの追随に過ぎない。
ヒマラヤ高峰の一流ハンターであるが、クライマーとしての評価すべき実績は少なかった。

70 :底名無し沼さん:2006/07/08(土) 19:45:11
長谷川恒男 (故)
 ・第2次RCCエベレスト南壁隊参加
 ・冬季穂高パチンココース単独、
 ・谷川岳冬季滝沢スラブ単独登攀、他
 ・アルプス冬季3大北壁単独登攀
寸評・アルプス冬季3大北壁単独登攀に成功したまでが最盛期であった。
単独登攀者・野心家としての資質と成果には高いモノがあり評価されるべき。
しかし彼にはそれをヒマラヤの高峰へのタクティクスに昇華出来ず、
登山隊を率いては事故・遭難を繰り返し隊員を失う。最後には本人も遭難。
ヒマラヤでは通用しなかった。

71 :底名無し沼さん:2006/07/08(土) 19:45:55
立田 實 (1984年病没) 東京緑山岳会所属
 ・記録を残していないが、凄まじいまでの単独登山をこなしていた。
 ・以下のリンク先参照の事。敬服する。
ttp://byama.ld.infoseek.co.jp/siryou/tatuta/tatutaminoru.htm#tensai%20tatutaminoru

72 :底名無し沼さん:2006/07/25(火) 21:36:21
山 野 井 泰 史

73 :底名無し沼さん:2006/07/25(火) 21:49:48
>>72
↑単なるグロ系中年オヤジ

     野    口    健

個人的野心の範疇を越え、社会的意義のある登山を指向する稀有な登山家。


74 :底名無し沼さん:2006/07/25(火) 21:51:31
瀬畑雄三age


75 :底名無し沼さん:2006/07/25(火) 21:55:56
役小角
加藤文太郎
森田勝

空海、松尾芭蕉、三浦雄一郎もすごいと思うが、
比叡山千日回峰の行者はすごいと思う。
けっこう、冒険家のようにおもてにでない、
こういった修行僧は世界中にかなりいると思う。
チベットやネパール、アンデス山中など多いのではないかな。

三浦雄一郎で思い出したが、彼がエベレスト登頂を思い立ったのは
65歳のとき。
体脂肪率は40%以上、ウエスト1メートル、最高血圧165だったという。
松尾芭蕉は52歳でなくなっている。

まだまだ、いけると思うか、これまでと思うか、漏れ。

76 :底名無し沼さん:2006/07/25(火) 21:57:46
野口健


貴重な自然を保護すべく
文字通り、身を粉にして奉仕活動に励む
近来稀に見る好青年


77 :底名無し沼さん:2006/07/25(火) 22:41:44
吉田富久
文太郎よりも強かったかもしれない。

山野井泰史
縦走やったら速いし(南ア北半冬季1泊2日)、
岩登っても早いし(谷川岳一の倉沢出合〜3スラ〜国境稜線2時間半)、
ヒマラヤでも強いし(K2南南東リブ無酸素単独初登48時間)、
目が見えなくなってもギャチュンカン北壁から下降できちゃうし、
最強。
指を何本か失ってもなお、登り続ける。またヒマラヤへクライミングに行くらしい。

岩瀬幹生
トランスジャパンアルプスレース主催。
速すぎ。

野口健
ごみ拾ってるし、
セブンサミッターになったってのをあたかも
前人未到のとてつもないことのように宣伝するような態度はかなり痛いけど
偉いよ。

78 :底名無し沼さん:2006/07/26(水) 12:24:05
態度が違いよ。

79 :底名無し沼さん:2006/07/30(日) 00:33:49
それでもおれは山田昇を推したい...

80 :底名無し沼さん:2006/07/30(日) 00:41:26
http://f41.aaa.livedoor.jp/~louise/enq/enq.cgi?

81 :底名無し沼さん:2006/08/04(金) 21:51:35
ゴミを拾って捨てた連中を特定して、お金をせびるのは止めれ。

82 :底名無し沼さん:2006/08/04(金) 22:19:50
でもポマードの一件はGJ

83 :底名無し沼さん:2006/08/04(金) 23:07:59
やっぱ山野井さんでしょ。クライミングに限らず全般すごいし。

84 :底名無し沼さん:2006/08/04(金) 23:22:53
奈良時代だか平安初期ごろに、最初に劔岳に登って錫杖を残した香具師。

85 :底名無し沼さん:2006/08/04(金) 23:42:10
>>84
その修験者が初登頂とは限らんよ。

86 :底名無し沼さん:2006/08/05(土) 07:37:34
やはり、役行者(小角)

87 :底名無し沼さん:2006/08/07(月) 00:01:32
皆さん。小林喜作を知っていますか?

88 :底名無し沼さん:2006/08/07(月) 00:34:08
上篠嘉門次

89 :底名無し沼さん:2006/08/07(月) 00:41:20
嘉門次って確かW・ウェストンが、著作でボロクソにけなしてたよな
熊に驚いてこけて糞漏らしたとかさ
悪意のある書き方だったんで記憶にある


90 :底名無し沼さん:2006/08/07(月) 01:31:21
佐々成政・・・雪の針の木越えが本当ならば。

91 :底名無し沼さん:2006/08/11(金) 00:25:22
トランスジャパンアルプスレースの優勝者かな

92 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 01:51:32
>熊に驚いてこけて糞漏らしたとかさ

緊張して糞漏らすのは、白人のお家芸。
日本人は、聞いた事無い。

93 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 01:55:27
オレは日本人だが気をゆるめ過ぎてクソ漏らしたことはあるぞ
歳には勝てないな・・・。

94 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 13:29:38
180cm90kgでキック現役日本ランカーの俺様。
市内の1000m台の低山と雄山しか登ったことないが。

95 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 13:34:30
>>94
だからどうしたカスw

96 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 15:31:24
>>95
ネタに罵倒カコワルイw

97 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 16:06:18
>>96
だからどうしたカスw

98 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 17:44:50
下嶋渓。
ランニング登山の大家。
奥秩父主脈全部(瑞垣〜雲取山〜鴨沢)を日帰りで走破。
数年前スイスで滑落死。東工大教授。

99 :底名無し沼さん:2006/08/12(土) 18:02:52
田中正人
トランスジャパンアルプスレース、6日2時間で優勝。
主催者の岩瀬さんでさえ7日かかってる。

100 :底名無し沼さん:2006/09/24(日) 18:14:22
100age

101 :底名無し沼さん:2006/09/24(日) 18:20:49
クソスレ。
>>1 は時冊。

102 :底名無し沼さん:2006/09/24(日) 18:46:34
え、なんで?


なんで100レス以上も「植村直己」の名前が出てこないの?登山者超越した存在だから?

103 :底名無し沼さん:2006/09/24(日) 19:04:14
何かの本で、植村直己は登るの下手だから上から引っ張り上げたというのを見たような気がする。

104 :底名無し沼さん:2006/09/24(日) 19:14:03
今まで気付かなかったけど
このスレ、ナニゲにオモロイ

105 :底名無し沼さん:2006/09/24(日) 20:56:15
クソスレ。
>>1 >>104 は時冊。


106 :底名無し沼さん:2006/09/26(火) 11:49:09
>>102
帰ってきてないからじゃね?
行ったきりじゃ最強じゃねぇだろ。
遭難したんじゃなくて、そこが気に入って未だに生活してるんだとしたら神。

107 :底名無し沼さん:2006/10/01(日) 06:09:40
すべての山の神であるオレが最強

108 :底名無し沼さん:2006/10/01(日) 15:01:41
ダイダラボッチ乙

109 :底名無し沼さん:2006/10/03(火) 18:29:49
>106
生還できなかった人はダメってのは無しにしようよ。
長谷川恒男氏・山田昇氏・森田勝氏・加藤保男氏の話が出来ないのはつまらん。
最強かどうかは別としても一時代の代表的登山家なのだし。。。

110 :底名無し沼さん:2006/10/03(火) 20:22:48
日経新聞の「私の履歴書」で読んだんだけど

三浦雄一郎がエベレスト滑り降りたときに
別働隊で植村直己さんらが登頂してるんだってね?
日本人初登頂??

111 :底名無し沼さん:2006/10/04(水) 12:22:18
>110
>日本人初登頂??
そうです。東南稜から。
最終アタックの前の晩、8000mを超えるC4のテントの
中でオナヌしたと著書に書いていたぞ。

112 :底名無し沼さん:2006/10/04(水) 17:27:06
今西錦司、生態学者だけど。
日本の山を1500山以上登っている。
西堀栄三郎の親友、梅棹忠夫や本多勝一のお師匠さん。

113 :底名無し沼さん:2006/10/04(水) 18:03:47
>>111
>8000mを超えるC4のテントの中でオナヌしたと著書に書いていたぞ。
すげぇ。ある意味最強w
もちろん酸素吸いながら?

114 :底名無し沼さん:2006/10/04(水) 20:58:22
学者だったら日本の細胞培養法の創始者の勝田甫(はじむ)なんかどうだ
新田次郎の小説にも明らかにこの人と思われる人が出てきてたと思った。

115 :底名無し沼さん:2006/10/04(水) 22:02:10
しょせん活字なんかで露出度が高いのはたいしたことない。
スレ初期に名前があがった細貝栄、藤原雅一、立田實あたりが最強。
山野井氏も5年くらい前までは知る人ぞ知るって感じだったけど、
本出して露出度が高くなってからは下降気味。

116 :底名無し沼さん:2006/10/05(木) 12:22:33
個人的嗜好で『加藤文太郎』。
ただ、伝説と事実の照合に難点。

117 :底名無し沼さん:2006/10/05(木) 12:43:28
>>115
藤原氏は違うでしょう。

118 :底名無し沼さん:2006/10/05(木) 17:05:34
>>113
俺も読んだ記憶があるけど、C4だったかどうかは覚えていない。
同じテントの人が、こいつ(植村直己)と一緒なら絶対死なないと思ったそうだ。

119 :底名無し沼さん:2006/10/05(木) 20:09:30
>>115
山野井さんは事故にあってるからな。それでも登ってるんだし、やっぱりすごい。
本についても、ソロは他人が書いたものだし、垂直の記憶は
「過去のことを振り返れてよかった。一般の人には理解してもらわなくていい」
って言ってる品。そこまで露出度が高いわけじゃないと思う。
立田實に関する資料を読みたいんだけど、ほとんどないんだよなぁ。
自分で焼いちゃってるから仕方ないんだろうけど。「登山史の森へ」くらい?
伝説の人って感じか。後世まで伝わりそうだな。本人は望んでないかな。

>>116
吉田富久もすごいと思う。

個人的には松濤明かなぁ。

120 :底名無し沼さん:2006/10/06(金) 15:48:06
土屋雅幸

121 :底名無し沼さん:2006/10/06(金) 20:53:02
オレとしては、とにかく細貝 栄だね。
まだ生きてるのだから、また素顔をみせてほしい。
どうしてるのかな?

122 :底名無し沼さん:2006/10/25(水) 15:31:44
hage

123 :底名無し沼さん:2006/10/30(月) 16:06:10
このスレで散々議論して、その結果、「日本登山史上、最強の登山者」が
岩崎元郎だったら、俺は山を辞めてもいい。

124 :底名無し沼さん:2006/10/31(火) 16:49:54
埼京の登山者だったりして。

125 :底名無し沼さん:2006/10/31(火) 20:55:58
>>111
三浦雄一郎が頂上に登りそうだったのを、別働隊(エベレスト登頂本体)の名誉のため、止めたそうだよ。

126 :底名無し沼さん:2006/10/31(火) 21:10:38
>>123
「日本登山史上、最小の登山者」であることは間違いなさそうだが。


127 :底名無し沼さん:2006/10/31(火) 21:30:06
>>126
いや、昭和のおっさん達(芳野満彦とか)は元郎よりちっちゃかったんじゃないか?

128 :底名無し沼さん:2006/11/04(土) 12:22:07
松田宏也/著“ミニヤコンカ奇跡の生還”をブクオフで見つけたので買ってきて
昨晩、読破した。。。

凄かった…ある意味、この人こそ最強の人だと思った>松田宏也氏

129 :底名無し沼さん:2006/11/04(土) 19:07:23
>>128
確かに、すさまじいよな。
勝手に考えた三大生還
シウラグランデ西壁のサイモン、ジョー
ギャチュンカン北壁の山野井夫妻
ミニヤコンカの松田宏也

130 :底名無し沼さん:2006/11/04(土) 19:38:13
俺の年代なら登山家と言えば植村直己と加藤保男だなあ
帰ってこないとだめなのか
それとも悲劇が美化されてる?

131 :底名無し沼さん:2006/11/04(土) 21:14:36
>>130
5大陸最高峰とエベレスト三冠王かー。・・年代の違いかも。
俺(10代後半)は山野井さんが最強だと思う。現役だし。
年代別で調べたら面白そうだなw

132 :底名無し沼さん:2006/11/04(土) 23:41:25
30代後半だが、山野井に1票

133 :底名無し沼さん:2006/11/06(月) 07:44:34
おれも30代後半だが加藤保男と山田昇かな〜

134 :底名無し沼さん:2006/11/07(火) 10:13:44
帰って来ない者は最高の登山家ではあっても、最強の登山家とは言えない。

135 :底名無し沼さん:2006/11/07(火) 15:55:56
技術が進歩してるから、時代の新しいほうが強いのは仕方ないんだよ。
と言うわけで、現時点となるとどう考えても山野井泰史。

>>134
いや、相手が山だから、条件が違うのでそれも違う。
最悪の自然条件にあたって逝った人と、楽な条件で成功した人は、同じルートでも比べようがない。

136 :底名無し沼さん:2006/11/07(火) 16:23:55
松涛明かな。個人的好みもかなり入るけど。彼はルックスも良いね。

好み抜きに最強となるとそりゃぁ山野井さんになるってのは否定できない。
しかし、今と昔じゃぁ事前に集められる情報量もやる前のルートの開拓され
具合もトライしやすい環境も差がありすぎるからな。そういう意味では
それほど開拓されていない地域でのルート開拓しながらの山行とか
道具も不十分な中登山活動をしていた昔の人に最強ってものを感じるな。

137 :底名無し沼さん:2006/11/09(木) 21:11:06
>>135
条件を選ぶのは登山者。エベレスト登頂後の加藤保夫は帰ってこなかった。
同時期にメスナーはチョーオユーの登頂に失敗。しかし、帰ってきた。
山はちがうけどね。メスナーの基準だと雪の状態が悪かったようだ。
「彼は登った、そして帰ってこなかった。僕は登れなかった。でも生きてる」みたいな内容で、
週刊誌に記事が載っていた。

138 :底名無し沼さん:2006/11/09(木) 22:14:42
チョーオユーとエベレストを比べられてもねえ…、条件違いすぎでしょ。
それに選んでも、かならずしもその通りになるとは限らないわけで。

139 :底名無し沼さん:2006/11/09(木) 22:49:57
30回近く8千メートル峰に行き、約50%の成功率の男とくらべてもな。

140 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 08:26:07
>>138
8千そこそこで条件が悪ければ、エベレストは。。

141 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 08:40:49
結局8000m峰の話しになると、どうせ自分達は行ったこと
ないんだから机上の空論にさえならない勝手な思い込みの
比較論が飛びかいホント無意味。実際登らないとチョーオユーと
エベレストどっちがどう難しいなんて言えんだろうが。
ま、もともと最強の登山者はなんてスポニチレベルのDQNな
発想で遊ぼうとしてるんだから良いのか。口プロレスで。

142 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 12:30:12
小西政継や今井通子は優れたアジテーターって感じなのかな。

143 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 12:36:55
蕎麦爺いが最強♪

144 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 17:05:58
>>141
いいんだよ、それで。
チョーオユーとローッエとエベレストを登った人によると、チョーオユーは別格で易しいそうだ。
ジジババが登る8000メートルにはもってこいだって。


145 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 17:48:22
松浪だろう

146 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 19:59:36
風雪のビバーク・・・

彼は生きようと思ったら生還できたんだよな。
ただ、運命を共にする道を選んじゃったんだよな。

147 :底名無し沼さん:2006/11/10(金) 20:35:48
>>146
そうとも言い切れないと思う。胸までのラッセルじゃあ・・・
加藤文太郎の場合は千天出合付近まで達していたけど、松濤パーティはかなり上部だったんジャマイカ?
湯俣は千天出合よりさらに先の湯俣・水俣川合流地点だし。
有元ヲ捨テルニシノビズ・・・の一節は、
(無理を承知で)湯俣まで行くためのできる限りの努力をしようと思ったが、
やはり友を離れられないからここで死ぬ、という意味だと勝手に考えてる。
違うんじゃヴォケ!という場合はスルータノミマス。

148 :底名無し沼さん:2006/11/11(土) 13:02:30
最強の登山者とは何かの、評価軸をはっきりさせないと選出は難しいですよね。
例えれば、高峰登山者ならば登頂した山の獲得高度の累積mとか。
昔ヒマ協がそんな統計出してましたね。(7000m峰以上登頂の獲得高度累計)
でも単に累積しても、歩いて登れる山だけ登っている人と、
高峰での登攀を含む活動をされている人では、内容に大きな差があるし。

私は加藤保男、細貝栄、尾崎隆、山田昇、藤原雅一らと、
山登りをしていた時期がかぶり、一緒に登った人もふたりいます。
個人的な経験の中で、この人は凄いと思えたのは細貝栄氏でした。
オリジナリティのある、他者に真似の出来ないような課題を設定し、
次々とこなしてましたから。
ヒマラヤの8000mそこそこの山を無酸素で(歩いて)登っても、
細貝栄の冬季単独日高連峰全山縦走の前では敵わないなと、今となっては思います。

加藤保男さんの冬季エベレスト登頂は快挙でしたね。
生還していれば日本の登山界は変わっていたかも知れません。
今も残念に思います。

149 :底名無し沼さん:2006/11/11(土) 13:30:26
>>148
そこにガイチさんが入るのは、やっぱり抵抗感がある。
いい悪いじゃなくて場所が違う。

150 :148:2006/11/11(土) 14:10:41
「日本登山史上、最強のクライマーは誰だ」と、
それぞれの評価軸で議論することは、イロイロな意見が読めて楽しいです。
統一した評価基準を出して選出するなんて無意味だと思うし、出来ないと思うけれど。

立田寛さんは、私の先輩世代から凄い人が居たんだよと聞いていたので、
緑の会報を読ませてもらったことがありました。確かに凄い記録でした。
あの時代にこれだけの量と質の登攀を続けていたとは、と。
それまでのクライマーには考えられない内容ではなかったかと思います。

>>149
このスレの前に名が挙がっていた事で入れました。
確かに違和感はありますね。w
でも彼も良いクライミングされてましたよ。
私たちのクラブの集会にちょくちょく遊びに来ていた事もあって、
当時はよく知っていました。

151 :148:2006/11/11(土) 14:13:50
訂正 ×最強のクライマーは  ◎最強の登山者は

152 :底名無し沼さん:2006/11/12(日) 00:03:05
藤原氏の名前があがるたびに149みたいな反論がでるが、
おいそれと他人がマネできない実績が多くあるわけで、
候補に名を連ねても不思議ではない。
オレ的には、山から帰ってこれなかったヤツは、
強かったかも知れないが、最強候補にはあげられない。

153 :底名無し沼さん:2006/11/25(土) 12:53:51
>148←無粋な奴。

154 :底名無し沼さん:2006/11/28(火) 21:07:17
>>152
藤原氏は海外の高峰にトライしていないので除外。

155 :底名無し沼さん:2006/12/16(土) 21:29:52
山野井さん
ほんとに凄い人だと思う
天性のクライマー

156 :底名無し沼さん:2006/12/16(土) 21:33:21
マタギや山案内人の方がすごいと思う。

157 :底名無し沼さん:2006/12/16(土) 23:59:34
世界最強はテンジンってこったな

158 :底名無し沼さん:2006/12/17(日) 18:18:16
上篠孫人

159 :底名無し沼さん:2006/12/21(木) 18:05:55
柏瀬さん

160 :底名無し沼さん:2006/12/25(月) 16:41:21
登るだけでなく、登った事をわかりやすく写真つきでホームページに紹介してくれるとありがたい。
この前、たまたま故郷の山に登った人のレポートを見つけた。子供の頃に登って以来、何十年も故郷に帰っていないのでこういうレポートは大変貴重。


161 :底名無し沼さん:2006/12/25(月) 17:21:25
>>160
いっぱいあるやんw
俺もそれを見てレベルなどを参考にして行くわけだが。
ないといけないorz

162 :底名無し沼さん:2007/01/06(土) 11:49:01
gg

163 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 00:03:42
Climbers that have summited all the 14 Main-8000ers
Compiled by Explorersweb: May 12, 2005

......NAME...........NATION..LAST MOUNTAIN....FIRST SUMMIT...LAST SUMMIT...Oxygen

01 Reinhold MESSNER.....It.......LHOTSE..........27-Jun-70.....16-Oct-86....No
02 Jerzy KUKUCZKA........Pl......SHISHA PANGMA.....4-Oct-79.....18-Sep-87
03 Erhard LORETAN........Ch.....KANGCHENJUNGA.....10-Jun-82......5-Oct-95....No
04 Carlos CARSOLIO.......Mex.....MANASLU..........13-Jul-85.....12-May-96
05 Krzyszto WIELICKI.....Pl.....NANGA PARBAT......17-Feb-80......1-Sep-96
06 Juanito OIARZABAL....E........ANNAPURNA........15-May-85......29-Apr-99...No
07 Sergio MARTINI........It.......LHOTSE...........4-Aug-83......19-May-00
08 Young-Seok PARK......SK........K2..............16-May-93.......22-Jul-01
09 Hong-Gil UM..........SK.....SHISHA PANGMA......26-Sep-88.......21-Sep-01
10 Alberto IÑURRATEGI...E.......ANNAPURNA.........30-Sep-91.......16-May-02....No
11 Wang-Yong HAN........SK......BROAD PEAK........28-Sep-94.......15-Jul-03
12 Edmund VIESTURS.....USA......ANNAPURNA.........18-May-89.......12-May-05....No

164 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 00:04:45
ありゃ、ズレちゃった・・・。
SKって隣の国?

165 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 09:07:02
カンコクですね。なかなか日本からは出ないですね・・・・・。

14x8000er summiteers are
Swiss Reinhold Messner (1986),
Polish Jerzy Kukuczka (1987),
Swiss Erhard Loretan (1995),
Mexican Carlos Carsolio (1996),
Polish Krysztof Wielicki (1996),
Spanish Juan Oiarzabal ('99 ? without O2 2001),
Italian Sergio Martini (2000),
Korean Young-Seok Park (2001),
Spanish Alberto Iñurategi (2002),
Korean Wang Yong Han (2003),
American Edmund Viesturs (2005).


166 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 09:09:54
メスナーはイタリアン?ドイツ?  スイスとは聞いたことない。 チロリアンか?

167 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 09:20:17
日本人の8000m峰登頂者リスト最新版(日本山岳会HP,2004年1月改訂)
http://www.jac.or.jp/info/shiryou.htm
http://www.jac.or.jp/info/shiryou/japan8k-r2002Aug10.PDF



168 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 09:45:05
>>166 ドイツ語圏のドイツ以外の人だったはずですが・・・。
>>163ではイタリア人になってますね。
Rメスナーのサイト。ドイツ語わかる人よろしく。
http://www.reinhold-messner.de/

169 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 09:53:10
いくつかサイトを見てみましたが出生はイタリアのようです。

EverestHistory.com: Reinhold Messner

Climber, writer, photographer and European parliamentarian,
Reinhold Messner was born in Brixen, South Tyrol, Italy,
on 17th September 1944. He grew up in the Villnöss Valley
in the Dolomites and later studied at the University of Padua.

170 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 10:14:26
 2006年8月1日にK2(8611m)に登頂した小松由佳さん(当時23歳)、
青木達哉さん(当時21歳)の若い二人に期待。
酸素吸ってるけど、K2の難ルートだし評価が高いようですね。
とくに女性のK2登頂者は小松さんまでで8人しかおらず、
そのうち5人はすでに他界。(すべてヒマラヤで遭難)
http://www.u-tokai-k2.jp/index.htm

171 :底名無し沼さん:2007/03/04(日) 22:42:36
日本登山史上ではつまらないので ”歴史に残る世界登山史を語る”スレ希望

172 :底名無し沼さん:2007/03/05(月) 08:52:12
>>171
じゃあ、おまえさんから語れ。
この頃はあんまり人いないみたいだし。

173 :底名無し沼さん:2007/03/05(月) 11:46:03
スレ立ててくれたら語ります。ボナッティのフレネイ、ドリュの南西岩稜、メスナーのナンガとか。

174 :1:2007/03/05(月) 12:14:58
じゃあ、ここからは世界登山史上ってことでw

175 :底名無し沼さん:2007/03/05(月) 13:02:31
う、スレ主って存在したのか・・・。
>>173
じゃあ、フレネイ中央稜の悲劇をキボン。
コピペでもいいですよ。この手の記録は出典があれば正しいコピペのほうが
むしろ望ましいと思うし。

176 :底名無し沼さん:2007/03/05(月) 13:12:19
だれかポーランド近代登山史に詳しい人か本を知りませんか?
イェージ・ククチカは有名ですが、ポーランドは凄いクライマーが多いですね。

177 :底名無し沼さん:2007/03/05(月) 13:22:05
>>163 164
韓国には8000m峰14座完登者が二人もいるけど、あの国って登山熱が高いのかな。
昔はなぜかマナスルに固執していたくらいしか知らないので
誰か解説を希望。
もしかして、トウガラシ料理が多いみたいなので高所に強いとか?

178 :底名無し沼さん:2007/03/05(月) 14:17:49
>>173
メスナーの「ナンガパルパッド単独行」だったと思うんだけど、
第二次世界大戦の前にナンガパルパッドの麓で一人で登ろうとしていた
変人がいたと思うんですが、その人の名前がわかりませんか?
メスナーのこの本が行方不明になったのでお願いします。

179 :173:2007/03/05(月) 23:17:43
178氏、本持ってます。今日は急がしいので1-2日中に調べます。 (171,173)
1986年のエベレスト北壁(Horbbein coulour)ダイレクトのアルパインスタイルが究極のような。
フレネイ中央稜いいですね。メスナーのエベレストソロもよかった。
あと OGREで足を折ったダグ・スコットの撤退記。ブールのナンガとかも。


180 :173:2007/03/06(火) 13:03:30
>>178
戦前にナンガを単独で登ろうとした人はいませんでした。ママリは1895年の遭難しましたが、2人のポーターが一緒に行方不明になりました。 多分エベレストに登ろうとしたウイルソンのことでは?
1934年、聾唖のチベット僧に身をやつし、チベットを横断。ノースコルを経由する単独登攀を目指したが、コルしたのテントの中で疲労死。

181 :173:2007/03/06(火) 13:31:05
1986年のモンスーン期、Loretan、Troillet、Beghinの三人は、チベット側からエベレストの
北壁側にアプローチし、ロンブク氷河5850m付近にアドバンスベースキャンプを設営し、
5週間にわたり高度順化を行う。その間は、たった一度だけ6500mまで登っただけだった。 
8月28日の夜10時、キャンプを出た3人は、Japanese(上でHornbein)カラーを登り、
次の日の朝11時には7800mに達し、そこで10時間ほど休憩する。
夜9時に再出発、Beghinは8,000mで休憩地点に引き返す。残り二人は3時間登り続けて
8400m達したが、暗くて進めなくなりそこで朝の4時まで待機する。
明るくなると再び上りはじめ、午後1時には頂上に立つ。90分後、尻制動で、たったの5時間で
一気にロンブク氷河まで下りきった。
「Himalaya Alpine Style」 by Andy Fanshawe & Stephen Venablesより

182 :173:2007/03/06(火) 13:51:27
すみません間違いです  カラー --> クロワール

183 :底名無し沼さん:2007/03/07(水) 11:00:21
>>181
Mountain Zone com に下記の記述がありました。

1986 Swiss climbers, Jean Troillet and Erhard Loretan,
made a two day speed ascent of the North Face,
climbing throughout the night and morning.
Their descent to Base Camp took five hours.

5時間で頂上からBCへ戻るとは凄いですね。面白い記録をありがとう。
天候による(これが最大の運なのでしょうけど)のかもしれませんが
8000mではスピード登山が一番安全なのかもしれないですねえ・・・。

184 :底名無し沼さん:2007/03/07(水) 20:34:43
>>180
調べてくれてありがとう。エベレストに単独で登ろうとした人のその話は
メスナーの本だったかな・・・。
実は勘違いをしていました。探しつけたのですが、1902年にK2に登ろうとした
変人がいました。名前はアレイスター・クロウリーという
黒魔術や悪魔を崇拝しているという一部で有名な人でした。


185 :底名無し沼さん:2007/03/08(木) 23:13:47
海外サイトの掲示板のようなところにあった。正確に伝えてると思う。
興味があったら訳してみて。
しかし、Minya konka Hiroya Matsuda でググっても3件しか出てこない。
しかも正しいのは一件だけだったよ。

Apart from the six succesfull expeditons to this great peak the author mentions, there also have been a few that were less fortunate,
(One can also raise the question how "succesfull" the summiting teams were, given the huge death toll that was suffered).
A Japanese attempt in the eighties led to one of the most gruelling ordeals ever to be suffered in mountaineering history.
The expedition suffered setbacks from the beginning, and it was only near the end of their period,
that they finally managed to get in position for a summit bid. Being stretched to the limit,
only two man embarked on the final attempt, Matsuda and Sugawara. Things started to go wrong,
when they took much longer than was anticipated, but finally a radio message came through:
They were only 50 meters below the summit but had decided to give up,
because they were totally out of food and drink and badly exhausted and dehydrated.
It seems that was it as the radio went dead forever.
The team not being in shape to mount a rescue operation got up one more time to camp two putting a wreath there and a message saying,
"we will never forget you Matsuda and Sugawara"

186 :底名無し沼さん:2007/03/08(木) 23:14:59
However Matsuda and Sugawara were not yet dead, the were staggering and stumbling down the treacherous slopes,
their speed being snailish. But upon reaching a well provided lower camp, they were able to replenish themselves somewhat and sleep for 24 hours.
After continuing their descent things did not get any better, constantly losing their way and losing important item after important item, like handshoes,
axes and so on. Matsuda even lost one of his boots, replacing it with the case of his photo camera.
Day after day went by and when after almost a week Sugawara announced to Matsuda that he was going to rest for a while, that was the last anyone ever saw or heard of him.
It remains a mysterie what happened to him, whether he fell, froze, just gave up or commited suicide.


187 :底名無し沼さん:2007/03/08(木) 23:19:30
Matsuda, now alone, badly frozen at both hands and feet, kept struggling downwards, and in his very bad condition even managed to get safely down a vertical absail above base camp.
Great however was his dissapointment when the advanced base camp was completely empty. But at least there was some food left. Trying to eat something however, he collapsed in agony:
Several ulcers had pierced his stomach and for the rest of the time he had to settle for just some gulps of water. Struggling further down into the deserted valley,
he finally found the stone shelter the expedition had used on the way in and here he collapsed, finding this place also deserted and without food. No more able to go on,
on the first morning, he could still crawl to a nearby stream to have a soothing drink of water, but when he tried so the next morning, his power gave out, and he lay down to die, halfway to the stream.

Only hours after Matsuda gave up, he was found by a local herb gatherer who was convinced it was a corpse he was finding, judging the stench of decay that hung around.


188 :底名無し沼さん:2007/03/08(木) 23:20:11
So, great was his surprise that the "corpse" was still breathing and had a heart pulse. Chances of saving the starving man with rotting hands and feet seemed slim.
Within some hours help was organized, and incredibly Matsuda survived the rough transport, strapped on a horseback and arrived in the hospital, just weighing 39 kilogram!
Nearly 2 pounds of maggots were removed here by the doctors from his decaying limbs. But Matsuda survived and his ulcers healed after treatment,
it was however impossible to save anything from his hands or feet.

Maybe the most incredible about the whole story is the comment of the man himself when he was recovering:
"I want to go on climbing, I don't think now I will be able again to ascent the Himalayan giants,
but I have set climbing the 50 highest peaks of Japan as my new goal"!!!!!

Luckily our sport does not produce to many stories like this! Unfortunatly however most of us are neither blessed with Matsuda's mental resistance,
nor his physical endurance.

For those interested in the whole story: It is from Zhou Zheng's "Footprints on the Peaks", Beijing, 1995


189 :底名無し沼さん:2007/03/11(日) 22:53:30
欧米か!

190 :173:2007/03/11(日) 23:05:25
ミニャコンガ(?)、聞いたことはありましたがそんな話でしたか。 (-∧-;) 

191 :173:2007/03/11(日) 23:10:47
ナンガパルバット
ドイツ隊は戦前からナンガパルバットに幾度も挑戦しすべて失敗していた。
1953年5月14日、ヘルリッヒコッファー以下のドイツ隊はベースキャンプに集合し、
やがて第四キャンプ(従来の第5キャンプ)が6200メートル付近に設営された。
そして7月2日、モレインコップに西側の鞍部に第五キャンプが作られ、次の日
朝2時半、ヘルマンブールはキャンプを出発、頂上アタックを開始する。7時にはジルバーザッテルに着く。
午後二時にはバッインコル(7812)に到着、午後7時に頂上(8125)する。
下りの途中8000M付近で日が暮れ、岩壁に身を寄せ掛け立ったままでビバークとなる。
寝袋もビバークザックも無かった。
翌日興奮剤を飲み、幻覚に悩まさらながら下山を続け、午後5時半ジルバーザッテルに着く。
キャンプ地で心配していた友人たちはやがてザッテルに動く小さな点を確認。
こうしてブールは、40時間以上かけて、ほとんど食うや飲まずでナンガパルバットを手にした。

ヒマラヤ登攀史 (深田久弥)より  詳しくはブールの「8000メートルの上と下」(日本語訳名)にあり。 

192 :底名無し沼さん:2007/03/13(火) 07:31:14
1995年8月13日、大嵐の風がK2の肩までやってきた時ニュージーランド隊の
ジェフ・レイクスは丁度C4まで降りてきた所だった。彼はボトルネックを抜けた
辺りで、時間が遅すぎるのと下から湧き上がってくる雲から登頂をあきらめて
下山したのだった。しかし、テントに入ったかと思ったら、たちまち強風にテントが
押しつぶされ、その夜一晩中、身体を丸めて冷酷な寒気に耐えなければならなかった。

翌14日は天候は回復した。13日に彼の先を行った6人がK2に登頂していたが二度と誰も帰ってこなかった。レイクスは下山したかったが、アイスアックスやクランポン、
ハーネスや下降器など生死を分ける登攀具をすべて強風で失っていた。
レイクスは這うようにして固定ザイルの上端を目指した。ようやく辿り着くと
ポケットに残っていた小形ナイフで垂れ下がったフィックスザイルの一部を切り取り
身体に巻きつけハーネスにし、カラビナで固定ロープに接続した。
登山史に残る数ある逃走劇の中でもレイクスのそれは最も壮烈なものの一つとなる。


193 :底名無し沼さん:2007/03/13(火) 07:31:53
脱水症状と寒気に曝されてまともに口も利けないような状態で、傾斜35度から50度の
氷の斜面と雪崩そうな不安定な雪面と正面から渡り合い固定ロープの支点に着く度に
カラビナを架け替えながら1cmきざみで降りていった。
やっとのことでC3に辿り着くとそこは雪崩に埋まっており、無念のあまり涙がでてきた。苦労しながらゆっくり降りてきたため、骨の髄まで冷え切っている上、ストーブも
燃料も食料も体力の余裕も無かった。

レイクスと共に登頂を目指し、早めにあきらめて下山したピーターヒラリーらがC2に
いて無線機を通じてアドバイスを与え、C3でテントを掘り返すように勧めたが
レイクスはそれ以上寒気に曝されるのをためらい、下山を続けた。
C3の下にはブラックピラミッドと呼ばれる技術的に困難な場所があったが
ヒラリー達も大変疲労しておりレイクスを助けにいくことが出来なかった。
しかし、レイクスは致命的な過ちを犯さなかった。凍傷にもならなかった。
なんとも原始的な器具のみでC2まで降りてきた。
レイクスは低体温症で意識朦朧としていたが、とにかく生きていた。ヒラリーらは
レイクスを寝袋に入れ、熱い紅茶を飲ませた。レイクスはやがて落ち着き眠った。
だが、超人的な努力のせいで体力の消耗は回復不可能な限界値を超えていた。
翌朝、ヒラリーらがレイクスを見ると、彼は死んでいた。

194 :底名無し沼さん:2007/03/13(火) 07:33:32
>>192,193
K2非情の頂 2006 より要約

195 :底名無し沼さん:2007/03/13(火) 07:43:12
「何だろう?」
トール・キーザーが思わず声に出し、テントの中で体を起こした。
「あれは何だったんだ?」
キーザーを含む1992年アメリカ=ロシア隊が、K2の登頂を目指して
ベースキャンプに到着したのはわずか数日前のことだった。
まだ夜中で辺りは暗く、BCの空気はいつになく静かで、キャンプ地の
外れの岩場を滴り落ちるせせらぎの様な音が聞こえるくらいだった。
だが、キーザーの聞いた音は何か違っていた、全く違っていた。
人の声だった。無線機で呼びかける声だった。
「キャンプ4からベースキャンプ、聞こえますか、どうぞ?」
何だ一体、また聞こえたぞ。
アドレナリンが駆け巡って、キーザーはテントから飛び出した。靴下だけの
足に石が冷たかった。辺りを見ると、同じ隊のスコット・フィッシャーも
テントから出て、立ち上がって辺りを見回していた。二人は目を見交わした。
二人とも何を耳にしたのか理解していた。
「ありゃ、一体何だったんだ? 山の上にはまだ誰もいない、そうだよな?」
「いる訳がない、一人も。」
フィッシャーが囁くような声で返した。
それっきりもう二度と聞こえなかった。だが、その声は一生、キーザーの頭に
残ることになる。
「キャンプ4からベースキャンプ、聞こえますか、どうぞ?」
女性の声だった。イギリス人の声だった。キーザーは、その声を今でも耳に
甦らせることができる。

 第6章「黒い夏」の終焉  
「K2 Savage Summit」 Jennifer Jordan著  

「黒い夏」1986年、K2で起きた大量遭難。この年24人が登頂したがその間に
13人が遭難死する。8月4日以降に7人のクライマーが第4キャンプで
嵐で停滞を余儀なくされ、生きてBCへ降りられたのは2名だけだった。
登頂後、第4キャンプで死亡したイギリス人女性が一人いた。

196 :173:2007/03/13(火) 13:37:04
>195 1986のK2ですか。。。。
Jim Curranの本の裏表紙にはこう書いてあります。
K2, "THE SAVAGE MOUNTAIN," is the second highest in the world - and the most difficult.
In 1986 it was the scene of both triumphant acheivement and the greatest tragedy in the history of mountainerring.
Although twenty-seven climbers reached the top, thirteen men and women died while making the attempt.
この本では27人ですが、まあそれは良しとして、イギリス人女性はJulie Tullisですね。

197 :底名無し沼さん:2007/03/13(火) 18:06:20
あ、ほんとだ。ExplorersWeb(AdventureStats.com)を見ても86年のK2登頂者は
27人でした。ジュリー・トゥリスはクルト・ディームベルガーの撮影隊の
アシスタントでしたね。クルトは黒い夏の嵐の時に結構したたかに
生き残ったようなことが「K2非情の頂」に書いてありました。
もっともその彼も指を失い、命からがらだったのは確かで批判はされていないようでしたが。

そのクルトですがダウラギリ1峰の初登者の一人だったのですね。
しかも1960年で、いま幾つなんだろう。
DHAULAGIRI I 8167 13-May-60 Swiss Max Eiselin Kurt Diemberger (A), Peter Diener, Ernst Forrer,
                  Albin Schelbert, Nawang Dorje (Nep), Nima Dorje (Nep)



198 :底名無し沼さん:2007/03/13(火) 19:59:52
8000m峰の登頂者数に対する死亡率というのがあります。
単純に割ったものであるみたいなので、そのままでは内容がわかりませんが
グラフとして下記のサイトにでています。
http://www.8264.com/538.html
もともとはバスク人のXavier Eguskitzaが出典の数字で最近の本などに引用
されているようです。ただし2001年当時のものなのでその割合は異様かも。
現在はエベレストで7%かそこらだったかも。K2は27%だったかな。
上記のサイトは中国サイトなのでアドレスを踏むのに不安があったら
Xavier Eguskitza Statisticsなどでググッてください。
同氏の山岳の論文もでてきます。
それにしてもアンナプルナの51%というのは恐ろしいですねえ・・・・。

199 :173:2007/03/13(火) 22:28:29
これは便利!、ありがとうございます。
しかしエベレストとチョオユーの登山者数が一桁違いますね。
GIIもやや多いです。



200 :底名無し沼さん:2007/03/15(木) 18:14:51
>>177
若もんに登山が人気らしい。
登山デートとか。


201 :底名無し沼さん:2007/03/21(水) 13:22:45
ジョラスで死んだ渋谷。大同心で死んだ中島。
二人とも折れの心の中では、最強のクライマーだよ。

202 :底名無し沼さん:2007/03/21(水) 17:11:23
両名ともポカミスでしょう。

203 :底名無し沼さん:2007/03/21(水) 19:21:41
 服部文祥なんか、ある意味最強!!

204 :底名無し沼さん:2007/03/22(木) 11:54:48
空海

205 :底名無し沼さん:2007/03/22(木) 18:15:20
単独行なら南方熊楠や松尾芭蕉、遠征隊長なら白瀬ナオや伊能忠敬なら
動機さえあれば何でもやってのけそう。

206 :底名無し沼さん:2007/03/23(金) 00:14:41
>>205
白瀬ノブじゃね?

207 :底名無し沼さん:2007/03/23(金) 10:16:15
>>206
スマン、ノブだった。
変換に手間取り、最初はノブからチョクとかスナオとか
ナオとかで変換しようとしたが全部失敗w


直直

208 :底名無し沼さん:2007/03/24(土) 07:25:17
山岳会・グループの比較なども面白いかもね
スレタイには合わないけれど

古くは「緑」、「徒歩渓流会」、「山学同志会」、「岡山CC」、「JCC」、「登攀クラブ蒼氷」・・
そう言えば「星と嵐」なんて同人も有ったなぁ
日本の登攀だけではなくて海外での実績まで考慮すると
「山学同志会」と「登攀クラブ蒼氷」の二つが双璧かな
個人的には蒼氷の同人的な活動が面白かった
どちらも死亡者数が図抜けて多い、
あれだけ過激なことしていたら仕方ないが

209 :底名無し沼さん:2007/03/24(土) 09:23:02
大同心で鳥葬されたおよよ。

210 :底名無し沼さん:2007/03/24(土) 10:02:00
>>92

遅レスだけど徳川家康が有名だよ。

211 :底名無し沼さん:2007/03/26(月) 02:20:27
>>208
同志でも蒼氷でも生き残るヤッは生き残ってる。

212 :底名無し沼さん:2007/03/26(月) 02:37:47
話が変わるけど、今から20年くらい前にたしかNHKの深夜放送で
ヒマラヤ登山の歴史のようなドキュメンタリー番組(英国BBC?)
やってませんでしたか?・・・
チェザーレ・マエストリとか当時の世界各国の蒼々たるアルピニストが
出ていて、私の記憶では監修が確かエルゾーグだったような・・・

213 :1:2007/03/27(火) 14:37:31
>>208
そのスレ立ててこようかなw面白そう。

214 :底名無し沼さん:2007/03/27(火) 20:44:10
>>212
「ヒマラヤ登山史」全6話でしょう。83,4年くらいじゃなかったかな。まだビデオレコーダーがなくて人に録画してもらった。
アンナプルナ北面の悪絶さが印象に残ったよ。
昔は内容の優れた山岳ダキユメンタリーがありました。
早稲田のK2西稜とか同志会のカンチュンジュンとかカモシカ同人のダウラギリ等。
富士山の強力、並木さんのドキュメンタリーもよかった。挿入歌「陽はまた登る」はせっなかった。

215 :173:2007/03/27(火) 22:35:36
>古くは「緑」、「徒歩渓流会」、「山学同志会」、「岡山CC」、「JCC」、「登攀クラブ蒼氷」・・
懐かしい。よく黄色と黒の『日本の岩場』?(小さくてすぐページが剥がれ落ちる)や『岩と雪』で見かけた名前。
結局マエストリはセロ・ト−レを登ったのかな。。。


216 :底名無し沼さん:2007/03/27(火) 22:52:52
チェザーレ・マエストリは、セロトーレへ登頂するためにエアーコンプレッサー
を持ち込みボルトの連打でアタック・・・その後各国のアルピニストやマスコミから叩かれ
辛らつな意見の嵐が多数・・・

しかし、何が何でもあの途轍もない岩峰、尖峰、鋭峰”セロトーレ”を
やるんだ!と言う真っ直ぐで”純粋”な意気込みのチェザーレ・マエストリ
が私は大好きです!・・・
もちろんロイヤル・ロビンスより、ウォーレン・ハーディングの方が好きです!
ヨセミテのエルキャピタン、ノーズルート、ハーフドーム等初登の功績は大きい
その後の”クリーンクライミング”なんて負け惜しみだ・・・

217 :底名無し沼さん:2007/03/27(火) 23:19:08
ウォーレン・ハーディングなんて雑魚。
トーニャ・ハーディングこそ最強!

218 :底名無し沼さん:2007/03/28(水) 00:10:13
理論的にはロイヤル・ロビンスが正しいんだろうけど
ウォーレン・ハーディングの方が楽しそうww

219 :底名無し沼さん:2007/03/28(水) 21:35:32
オリンポス山、無酸素盗聴一番乗りは誰だろな?

220 :173:2007/03/28(水) 22:28:24
トーニャ・ハーディング  =  ウォーレン・ハーディング
ナンシー・ケリガン    =  ロイヤル・ロビンス
しかし、ウォーレンが誰かを雇い、ロビンスを蹴らせたとは聞いていない(笑)

誰かワンフィンガープルアップに挑戦しました?
ヨセミテのペグはそれまでのヨーロッパスタイルハーケンに比べかっこよかった。

221 :底名無し沼さん:2007/03/29(木) 00:10:31
スレタイを1度読み返してくれ

222 :底名無し沼さん:2007/03/29(木) 00:23:06
スマン!・・・

誰も書いていない藤木九三氏に一票です、しつこいようだが世界ではやはり
”異端児”のチェザーレ・マエスリ!・・・


223 :底名無し沼さん:2007/03/29(木) 00:43:00
またまた話が変わるけど、この方たちはhttp://www.candcjp.com/cveto.baffin.html
その後バフィン島のウォーカーシタデルを完登したのですか?・・・

224 :208:2007/03/29(木) 02:50:56
>>1
山岳会や大学山岳部、サークル、同人組織、協会、会議、その他諸々のグループが
日本の登山にどう影響を及ぼしたのか検証するって事、あまり無かったよね。
是非希望。

225 :底名無し沼さん:2007/03/29(木) 12:18:51
片山右京がエベレストに登ったけど、あの時の難易度はどうだったんですか?
あまり大したことはないの?

226 :底名無し沼さん:2007/03/29(木) 12:49:27
>>225
目標を実践した、という点では素晴らしいことだと思う。
ただし、登山史的な価値はない。日本百名山完登とかと同じ。

227 ::2007/03/29(木) 19:47:28
>>224
んじゃあ立ててくる。スレタイが思いつかん…。

228 :底名無し沼さん:2007/03/30(金) 22:59:21
【単独登山が】山岳会の功罪【一番だけれど】

229 :底名無し沼さん:2007/04/01(日) 18:21:31
【山岳部】山岳団体と登山史を語るスレ【山岳会】
http://travel3.2ch.net/test/read.cgi/out/1175402542/

230 :1:2007/04/02(月) 00:18:45
無難な名前にしてみました。
>>228
スマソ、227で言っておいてこっち見てなかったw

231 :底名無し沼さん:2007/04/02(月) 20:52:25
しょうがない マジレスしよう
剣に最初に登った修験者だよ

232 :228:2007/04/03(火) 00:05:40
>>230
いや、>>228はシャレなんでw
スレ立て乙!

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