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禅とヨガとクリシュナムルティ

1 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/01(木) 23:13:59
どれが本物?

2 :妖輝緋 ◆is1mRve2Rk :2007/02/01(木) 23:14:44
2げっとぉ!

3 :道心:2007/02/01(木) 23:19:51
「自我の終焉」を読め!

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/01(木) 23:26:57
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/1702/case/syukyoka/krishna.htm

5 :従容軒:2007/02/01(木) 23:33:34
クリシュナムルティ読むようになって禅から離れました。

6 :従容軒:2007/02/02(金) 20:40:46
ババジのクリヤヨガも駄目かね?

7 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/03(土) 22:42:38
人類最高の英知とは何ぞや?

8 :ババジ:2007/02/03(土) 22:44:06
クリヤヨガも所詮方法に過ぎない。

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/05(月) 20:26:55
クリシュナムルティなんて誰も興味ないかも・・・・

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/07(水) 03:02:54
自我は精神の捏造物。

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 14:57:46
「如来はいつもましますけれども衆生は知らない。
      それを知らせにきたのが辨栄である」― 辨栄聖者


12 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 17:15:19
「どの宗派の人たちも、自分達の教義を大ゲサに言うものだ。」

                       ― ラーマクリシュナ

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 18:04:58
>>1どれも本物

14 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 18:18:26
前のふたつは本物のイミテーションに最近オモエ。

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 20:28:52
>>14それも本当

16 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 20:46:56
禅僧とヨーガ行者には
修行に拠って自己肥大した方を偶にお見かけする。



17 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 22:05:55

「解脱を得るために必要なのは、
      外面的でなく内面的に世を捨てることだ」
                       ―「あるヨギの自叙伝」

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/16(金) 23:56:58
クリシュナムルティは一人だけど、禅僧やヨガ行者はいろいろいるからねえ

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/17(土) 05:15:33
禅もヨガも凡人の修行

20 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/17(土) 05:29:29

「畢竟、禅は凡夫の修業」              洪嶽宗演

「無理会の処に向かって、究め来り究め去るべし」   大燈国師遺誡より

21 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/17(土) 05:46:34

「仏陀は人に応じ二つのレベル−相対的レベル・絶対的レベル−で語ったが、

 クリシュナムルティは常に絶対的レベルで語った」
                            S・リンポチェ

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/17(土) 07:03:46

瞑想とは思考の沈黙である。

始まり終わりも無く、それ故権威者も無い。
集中は中心(自我)により、注意は個性によらず誰からも学べないものである。

            クリシュナムルティの瞑想録(大野純一訳)より抜粋

23 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/17(土) 16:18:11

※クリシュナムルティのスレッドは以前もあり、堂々巡りの議論に終始しがちです。
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1001832577/
本スレッドは二人の人間がKのスレが今殆ど無いことを寂しく感じ立てました。
一人は禅宗に、もう一人はヨガに長年関りを持つ者です。(今離れています)
Kについての議論は彼の翻訳書を読み取っているかの問題に感じます。
(原書が望ましいのでしょうが・・・)
今回議論ではなく★禅・ヨガ・クリシュナムルティ★を中心に、名言・格言等を書き込む
形を取らせて頂く事に致しました。
出典・参考文献等できる限り明示化致しますが、翻訳者の訳文を勝手ながら拝借させて頂きます。
御自由にスレ違いにならない程度に名言・格言などお書きください。

基本的にsage進行で参ります。誹謗中傷等ご遠慮ください。


24 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/17(土) 21:47:41

★ 己の心だけを見つめよ ★       ヴィシューヌ・パスカル・レレ

25 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/18(日) 02:36:44

「私」があるうちは自由ではない。

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/19(月) 04:12:03
「坐禅を組めない方を、どう差し上げたら良いか・・・」

             故鈴木格禅老師 正法眼蔵講義中の話 1998年秋

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/21(水) 00:39:26
戦争を研究すればするほど、その原因は心理的なものと思えてくる。
                          ― 英国の戦略思想家

28 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/21(水) 00:40:14
禅は一人一宗

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/21(水) 04:05:52
公案修行は見地の模倣、黙照禅は容の模倣。

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/21(水) 22:39:49
あらゆる物・人のなかに神は宿っていなさる。全てが神なんだよ。
このことを弁えて全てのものに合掌しなさい。
                           ラーマクリシュナ

31 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/22(木) 05:40:27
思考は未だかつて、私たち人間の問題を解決したことが無い。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/22(木) 21:39:02
>>23
道樹宗格(覚):正受庵二世(白隠の法兄) 江戸期宗教改革者の面魂
「身の丈六尺の畏しき貌曲なり。大柱杖を挟んで枯木のごとく立ち、
 高らかに参暇を願うと坂東声・・・・。」
                           ― 壁生草

33 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/22(木) 21:45:51
存在の全レベルを「神性」に明け渡すこと ― ヨガ修行の重要目的
                        「ババジと18人のシッダ」より

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/23(金) 21:31:58
集中は排除の過程−精神をマントラ・曼荼羅・公案に固定させる−

35 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/23(金) 21:42:46
真に霊性の人は一切の信仰を持たず、修行を行わない。

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 07:11:49
ギーター/6-44
自身の前世での修練ゆえに、ヨーガの修行者は、この人生において
も否応なしに、ヨーガの方に引きつられていくのだ。
ヨーガの探求を真面目に始めるだけでも、言葉で表された
ブラフマンを超えている。

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 09:06:52
一切のものは無明から生じる。それ故に、この世界は非存在である。
無明を持っている人によって見られるが、熟睡状態において知覚されないから。

                               シャンカラ

38 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 09:16:13
直接知覚が覚醒状態であり、想起が夢眠状態であり、両者がないのが熟睡状態であり、
自己のアートマンがブラフマンであると知るべきである。
              
                             シャンカラ

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 13:34:25
バカバッカギーター

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 14:23:05
>>39
ワロタ!!

41 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 22:01:50
>>39-40 ageると是だから、大して面白くも無く、陳腐。 >>23



42 :真理の種子p69−70:2007/02/24(土) 22:26:27
精神が完全に沈黙している時、使われておらず、思案の的になっておらず、
そしてそれが現実の中に秩序を打ち立てたが故に、その混乱から自由であり、
そしてそこにある種の沈黙がある時、精神はまさに混乱から離れ去りつつあるのです。
それが真の沈黙で無いと悟り、(中略)虚偽の沈黙を否定するのです。(中略)
より大いなる沈黙に向かういかなる動きも無くなるのです。

43 :真理の種子p69−70:2007/02/24(土) 22:39:14
その時、この全き沈黙がそれへのドアを開くのです。
すなわち、精神がそのあらゆる混乱もろとも無(nothing)であるとき−物(thing)ではなく−
その時におそらく、「彼方のもの the other」が現在するのです。(五十嵐美克氏 訳)

ジッドゥ・クリシュナムルティ(1895〜1986)


44 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/24(土) 22:57:36
梵我一如
マントラで諳じれば
あらふしぎ
開けゴマ

45 :ヨーギン:2007/02/25(日) 04:26:04
http://life.2ch.net/psy/kako/1001/10018/1001832577.html

46 :ヨーギン:2007/02/25(日) 04:28:30
選択なしに気づくこと

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/25(日) 05:37:40
公案やってるうちは、まだ幼い。 (盤珪を現代風に・・・)
 −白隠禅の修行で白隠以上は存在しない−

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/25(日) 05:57:26
「私」 と 「私のもの」 ― この二つが無智というものだ。    ラーマクリシュナ

49 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/25(日) 06:05:08
修行は予定されたゴールへの模倣。

50 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/25(日) 22:29:19
思考者にとって思考は現実であるが、真理ではない。

51 :シャンカラ:2007/02/26(月) 22:54:02
明智とは”梵我一如”という理解であり、無明とは”梵我分別”という理解である。

【ウパデーシャ・サーハスリー】

52 :シャンカラ:2007/02/27(火) 04:45:07
純粋精神であるアートマンは〔内的な知覚の場合には〕眼と結びついた統覚機能の変容を〔すべて〕見ているから、
アートマンは見の見者であり、また聞の聞者である。
【ウパデーシャ・サーハスリー】


53 :グルジェフ:2007/02/28(水) 00:13:57
ウスペンスキー「奇蹟を求めて」p44

人間は機械だ。彼の行動、行為、言葉、思考、感情、信念、意見、習慣、
これら全ては外的な影響、外的な印象から生ずるのだ。
人間は自分自身では、一つの考え、一つの行為すら生み出すことは出来ない。
彼の言う事、為す事、考える事、感じる事、これらは全てただ起こるのだ。
人間は何一つ発見することも発明することも出来ない。全てはただ起こるのだ。


54 :グルジェフ:2007/02/28(水) 00:36:18
自己を観察する際に(中略)自分の行為・思考・感情・言葉などは
外的影響の結果生じたものであり、何一つ自己の内からは出てこないという事実に気づくだろう。
彼は自分が事実、外的刺激の影響の下で働いている自動機械だという事を理解し納得するであろう。
(中略) 完全な機械性・・・すべては<起こり>何一つ<為す>ことは出来ない。
・・・外からの偶発的ショックで左右される機械なのだ。 「同」p185

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/28(水) 04:11:49
あなたは自我を解放できない。
あなた自身がこの不幸の根源である以上、<自我>を滅する方法を求めていては、
ほかならぬ自我の滅却過程であなたは別の<自我>を作り上げてしまうであろう。

クリシュナムルティの瞑想録p47より

56 :真の修行とは・・・・:2007/02/28(水) 04:37:48
【参禅したり、人里はなれた場所に隠棲したりせず】、日常生活での自分の姿
 
― (部下をなじり・上司にへつらい・妻(夫)の小言に辟易し、子供の教育には無関心か、
せいぜい子供に自分と同じ道を歩ませようとする・・・・社会変革に邁進する等々) ―

を観察する事こそは、自分を知り、そして自己中心性から自由になる為の真の修行なのである。
                                 ^^^^^^^^^
クリシュナムルティの教育・人生論(大野純一 著編訳)p142 より


57 :世を捨て、神の元へ・・・:2007/02/28(水) 05:46:50
この世は神の外にあるのかい?
神ご自身が、人間やこの世界全てのものになっていなさることを。
神が実在するからこそ、この世の全てのものは本当にあるように感じられるのだ。

58 :世を捨て、神の元へ・・・:2007/02/28(水) 05:50:13
神様は、今はお前を世間という場所においた。結構じゃないか!今はそこに住んでなさい。

ラーマクリシュナ

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/02(金) 21:41:23
不安、不満、虚しさ、恐怖、憎悪、嫉妬などを、完全に見守ることが、
「ニルヴァーナ」すなわち
「絶対幸福」の出発点なのである。      ダンテス・ダイジ

60 :鍛錬(修行)とは・・・:2007/03/02(金) 22:02:00
真理を悟ったと思われる人に会ったとしましょう。そこであなたはその幸福を得たいと思い、
その人を模倣するのです。この模倣が鍛錬と呼ばれているものではないでしょうか?
鍛錬や順応や訓練というものは、自分がひとかどの人間であるという自意識を強めるに過ぎません。
精神が無貪欲を実践しているが為に、自分が無貪欲という意識から精神は自由になれないのです。
(中略)その精神は本当は無貪欲ではないのです。精神は無貪欲という新しい衣を纏っただけなのです。

鍛錬について  ・・・・ クリシュナムルティ

61 :シャンカラ:2007/03/03(土) 10:44:00
[アートマンは]自ら輝く知性であり、見であり、内的な有であり、行為をしない。
[アートマンは]直接的に認識され、一切の物の内にある目撃者であり、観察者であり、
永遠であり、属性を持たず、不二である。(アートマン=ブラフマン)

【ウパデーシャ・サーハスリー】


62 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/03(土) 11:40:36
うぱにしゃっと哲学
アートマンとブラフマン
華厳の教え


63 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/03(土) 22:04:55

「同一のゴールに到達するために、じつにたくさんの道がある」  ラーマクリシュナ

「真理に至る道は無い」                    クリシュナムルティ


64 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/03(土) 22:14:53
自由とは、なによりもまず自己同一化からの自由なのだ。・・・・ グルジェフ

65 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/04(日) 06:32:06
「精神は空っぽでなければならない 」(真理の種子47ページ)クリシュナムルティ


66 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/07(水) 22:41:44
私はいつの日救われる?

それ、その「私」が消えた時。    ―  ラーマクリシュナ

67 :ダンテス・ダイジ:2007/03/09(金) 23:27:17
―恐らくは、
現代最高の救世主である。
J.クリシュナムルティの教えが、
正しく聞き入られるならば、
この書を世に出す必要は
ないであろうに・・・・・・・・・  「ニルヴァーナのプロセスとテクニック」序文

68 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/10(土) 13:59:05

ガユーナ・セアロ

69 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/10(土) 14:19:30
般若はん

70 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/10(土) 14:25:11

 女犯

71 :変容とは:2007/03/10(土) 19:36:29
無意識の未解明の諸層における全的な爆発、核心部自体、条件付けの根底部自体の爆発であり、
時間の打破である。     

クリシュナムルティ/私は何も信じないp45

72 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 08:17:05
地球は宇宙的観点から見ると非常に悪い場所だ。         グルジェフ

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 08:25:53
そのようにしたのは我々、
輪廻転生するには良い場所。って言うか…
魂を浄化する為には避けられない地球。

74 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 11:30:37

ガユーナ・セアロ

75 :クリシュナムルティ/私は何も信じない:2007/03/11(日) 12:32:25
直感と英知を区別することは出来ません。
利口な人間は英知の持ち主ではありません。
・・・・・利口な人間はかならずしも英知の持ち主である必要はない。
・・・・・直感は、英知の局地、頂点、精髄なのです。

76 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 14:06:59

“愛と慈悲”
ガユーナ・セアロ


77 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 14:28:11
>>76さんへ
>>23を、お手数お掛け致しますがお読みくださいませ。


78 :ギザ・マミタス ◆Bnvswh4TQs :2007/03/11(日) 21:46:31
必殺技/クリシュナムルティビーム
    クリシュナムルティキック
しょこたんパンチ
   

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 21:54:16
適いませんな〜〜〜

80 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/11(日) 22:06:33
人間の精神に独自のものは一切存在せず、
すべてが模倣によるか、既成のものの組み合わせに過ぎない。

グルジェフ(1877〜1949)

81 :クリシュナムルティ/私は何も信じないp116:2007/03/14(水) 00:01:24
もし精神が自らの苦悶から自由になれば、それは全く異なった境地に入り、
して異なったレベルにいるので、経験を求めることさえしなくなるのです。

82 :クリシュナムルティ/私は何も信じないp116:2007/03/14(水) 00:04:45
ゆえに、最高のものを経験しようとする願望は、
本質的に間違っているのです。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

83 :人々を助けたい・・・・:2007/03/14(水) 23:19:54
自分は他人を助けることが出来ると考えることは、彼らにはたまらない快感なのだ。
これは自己に対する虚偽であり、不誠実でもある。

グルジェフ

84 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/15(木) 23:42:37
道(仏教・禅・他宗教)は努力または修行を含意しますが、不可測なる物は、
ただ自分自身を努力から自由にさせておき、新たなるものを機敏に受け入れられる状態、
恐怖、希望の無い状態にしている、そういう人によってのみ直面されうる。

クリシュナムルティ

85 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/18(日) 00:58:14
精神は、いまイメージを作り上げないことによってそれ自身の中のイメージを空っぽにできるのです。
もし私がイメージを持てば、私はそれを過去のイメージに関連付けてしまうのです。
そのように意識、精神は、今イメージを形成しないことによって、自身の中のイメージを空っぽにすることが出来ます。
すると、中心のまわりの空間でない、ある空間が拡がりだすのです。そしてもし人が掘り進み、奥へ奥へ入ってゆくと、
そこに聖なるもの―思考によって思いつかれたものでなく、いかなる宗教とも無関係のもの―があるのです。

私は何も信じない(クルシュナムルティ)


86 :ラーマクリシュナ:2007/03/19(月) 00:36:35
ある人は神を見たあと、狂人のようになったり、食屍鬼のようになったりする。
つまり、浄と不浄の違いがなくなるのだ。

87 :ラーマクリシュナ:2007/03/19(月) 00:39:16
善悪は個人の問題。真実・不真実も個人の問題。
ブラフマンにとっては何事でもない。


88 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/19(月) 23:15:34
自分がものごとをありのままに見ていないことを私は知っている。
自分が見たいようにみているのだ。


89 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/20(火) 22:27:11
あなたの苦しみを愛しなさい。それに抵抗しないこと、そこから逃げないこと、
苦しいのは、あなたが逃げているからです。
それ以外ではありません。 (ヘルマン・ヘッセ)

90 :クリシュナムルティ の瞑想録:2007/03/21(水) 23:11:51
瞑想は決して理知的な働きをする思考の枠内に収まる様な過程ではない。
瞑想は思考からの自由であり、真理の法悦の中で展開される運動である。

91 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/21(水) 23:29:48
禅門では、たとえ醜い風貌で、しかも身分の低い少女でも、
正念工夫さえ怠らなければ、精神堅固の有力の大人というのである。

それに反し、たとえ七尺の堂々たる偉丈夫で、しかも慈愛の念を豊かに持ち、
弁説に巧みなものであっても、正念工夫のないものは生ける屍というべきである。

正受老人(道鏡慧端)

92 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/21(水) 23:52:38
正受は、一生を片田舎の小庵で過ごしたので、法階は「蔵主」であった。
正受の師、至道庵主は、本陣問屋の主人であった。それが47歳のとき愚堂国師の法を嗣ぎ、
57歳で出家得度し、自ら至道庵主と号したのある。一生を庵主として過ごし「黒衣」で過ごした。

大森曹玄「随処作主」より

93 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/22(木) 15:33:29
>>91
正念工夫って何?

94 :正念工夫とは・・・・:2007/03/22(木) 22:55:40
正念はすなわち無念なり、一切の事象に白紙の状態で応接すること。    大森曹玄

95 :菩提心とは・・・・:2007/03/22(木) 23:10:58
法施利他の善行これなり (道鏡慧端)        



96 :菩提心とは・・・・:2007/03/22(木) 23:16:02
菩提心=真実の自己・・・無我の正覚の自然の発露としての慈悲行=法施利他の善行

97 :正受老人平生の受用:2007/03/22(木) 23:28:45
(真実の自己=無相の自己=菩提心=無我の正覚)

正受老人 平生の受用底 = 正念不断の相続 = 【菩提心の自転】



98 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/22(木) 23:46:14
白隠四十二歳の秋にこおろぎの声に「正受老人平生の受用底」を徹見し、
正受の禅が貴族的小乗的な禅でなく、大乗の菩薩道にあることがはっきり分かった。

秋月龍a「白隠禅師」講談社現代文庫

99 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/23(金) 01:25:23
生まれ変わりの最後の生涯の人は、至聖なるものにだけ心をひかれる。(ラーマクリシュナ)

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/23(金) 14:15:10
>>94
ありがとう!!!

101 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/24(土) 08:31:10
無難、正受、共に僧堂の規矩を知らず、法の深遠を知るのみ。

                  >>98講談社現代文庫→講談社現代新書に訂正致します。

102 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/24(土) 16:47:31
ラーマクリシュナ(Sri Ramakrishna Paramhansa, 1836年2月18日 - 1886年8月16日)インドの宗教家。

20世紀のインドは、詩聖タゴール、ガンジー、ネルーなどの世界的偉人を生んだが、
この3人が口を揃えて讃仰し帰依した方がいる。彼の名をラーマクリシュナという。
(ヒンドゥー教の最高神の1人、ヴィシュヌ神の化身とも云われる)

103 :Sri Ramakrishna Paramhansa:2007/03/24(土) 20:10:28
本名ガダーダル・チャットーパーディヤーエ。
幼少時より神秘体験をもち、カーリー女神を崇拝するが姿を見いだせない。
もはや現世での生甲斐はないとまで思いつめ、、自殺を決意する。
剣を掴み喉に当てようとしたまさにその時、女神が現れた。
世界が消え去り、歓喜の大海原に自分が漂う。その光の海の底に大実母(カーリー)がいた。
その後、シャクティ派の女性行者の下でタントラを学んだりするが、
ヴェーダーンタ学派のトーター・プリーもとで、ニルヴィカルパ・サマーディ(無分別三昧)に入る。
自我も無ければ空間も無い絶対無分別の状態、ここに至るまでわずか1日、師のトーター・プリーは40年。
以後、師からもらった出家名、ラーマクリシュナを名乗る。

104 :Sri Ramakrishna Paramhansa:2007/03/24(土) 20:38:34
その後、回教徒、基督教徒に就いて修行し、イエスに聖母マリア、回教のアラーと接神する。
仏教の空観への理解も深めたようである。
そして、全ての神と宗教は一に帰すということを確信する。
純朴な人柄で、偽善者らしさがなく、天真爛漫。
人懐っこい語り口は聴く者に親しみを感じさせたという。
彼の大らか教えは立場の違いを乗り越えて、あらゆる階層・宗派の人々を魅了した。

1886年8月16日、後事をヴィヴェーカーナンダに託し、喉頭癌で逝去。



105 :Sri Ramakrishna Paramhansa :2007/03/24(土) 22:28:00
幾百年の闇も、一点の光がその部屋に入ればたちまち消散する。
数え切れないほど生れ変るうちに、積み重ねられた無知と悪行も、
神の慈悲深い御眼の、一瞥によって消え去る。

106 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/25(日) 11:10:19
白楽天「仏法の大精神は何か?」
鳥窠和尚「諸悪莫作 衆善奉行」
白楽天「そんなことは三歳の童子でも知っております」
鳥窠和尚「実行することは八十の老翁でも難しいぞ」

107 :空体験:2007/03/27(火) 00:12:33
「去年の貧は猶お卓錘の地にあり、今年の貧は錐もまた無し」

去年の「貧」すなわち「空」の体験は、まだ、真の「空」体験では無かった。
即今の「貧」すなわち「空」こそ本物だ。去年の「空」にはまだ錐を立てる余地があったが、
いまはその余地さえもない。本当の空(無一物)には空という意識さえ有ってはならぬ。

108 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/27(火) 00:29:54
真理は決して過去には無い。過去の真理は記憶の死灰である。
なぜならば、記憶は時間の中にあり、昨日の死灰の中には何の真理も無いからである。
真理は現に生きたものであって、時間の領域には無い。

クリシュナムルティ「クリシュナムルティの瞑想録」大野純一訳より

109 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/28(水) 23:01:32
>107-108
同じ。

110 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/29(木) 00:47:17
人生の目的は、神(真理)を体得することだ。
仕事は、一番初めの第一章だ。目的なんかであるものか!

だから、無執着、無私の働きも一つの手段であって目的ではない!(ラーマクリシュナ)

111 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/31(土) 23:14:59
「国家に真の友人はいない。」 キッシンジャー

112 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/04(水) 00:43:38
「念々相続する、これを心病となす」

「・・・・念を重ねて育てず、執着いたさず、起こる念を止めようとも、止めまいとも、
その念に関わらざれば、自ずから止いでは叶いませぬ」   盤珪

「一心を二心に致さぬがようござる」           盤珪

113 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 18:57:33
人は絶えず移り変り、昨日と同じ人は居ない。

114 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 10:42:18
あなた、わたしは、複数の思考の群

115 :盤珪  不生:2007/04/08(日) 11:02:51
仏心は元来不生なものなれば、

その不生のままに その起こる念は起こらば起こり次第 、
取り合わず育てずにおけば、やむより外はおじゃらぬわいの      


116 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 11:10:26
「我が国以外は全て仮想敵国である」チャーチル

人間が造った“国家というもの”について教えてくれる。

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